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「今日は何の日」「40日抗争」勃発
1979(昭和54)年10月7日、総選挙が行われ自民党が大敗した。安定多数の「271」に遠く及ばぬ248。時の大平正芳首相は、アーウーの口調に拍車がかかり、「結果は厳粛に受け止めないと」というばかり。のちに「40日抗争」と呼ばれた党内抗争が勃発した。
自民惨敗の理由について夕刊フジは
《天才的な国民のバランス感覚というべきか。大平首相は予期せぬ惨敗にショックを隠せず、大角連合vs三福中連合の党内抗争に火がついた。敗北の最大の原因は大平首相その人にあったようだ。一般消費税導入では「言を左右しない」といいながら、選挙の土壇場でコロッと撤回。行政改革にもヤル気がなかった。皮肉にも役人の腐敗が選挙中にボロボロ。そういう中でなお猛進した大平首相の“思い上がり”、そして自民党の“安定多数”に国民はイヤ気がさしたようだ》
この時の選挙ではワンマン宰相の孫、麻生太郎氏(38)が“ブービー”当選。名門鳩山家の三代目、鳩山邦夫氏(31)が落選した。
「40日抗争」は11月6日の首相指名選挙で大平氏が138票で福田赳夫氏(121票)を破り決着したが、党内には怨念が残り、分裂の危機が続いた。
