2008年07月13日
桜井鉄太郎「ユメの行方」第2章―第41回
<1978.08.15 成田空港カフェテリア 『trees』>
成田空港のターミナルのはずれにあるカフェテリアで、つい数十分ほど前に、えみかや秋山、宮本らを送り出したばかりのトキオは、ある種の虚無感に襲われながら、いま自分が置かれている立場を何ひとつとらえ返せないでいた。
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2008年07月06日
桜井鉄太郎「ユメの行方」第2章―第40回
<1978.07.15 下北沢ソウルバー『スパイク』>
意外にもシャングリラレコードの川中が『スパイク』に現れたことにトキオは一瞬動揺した。
「どうしたんですか? 川中さんがこういう場所に顔を出すなんて、思っても見なかったなあ」
「それはこっちのセリフだよ。こう見えても、ここの常連なんだぜ。この旬くんとも、もうかれこれ半年のつきあいなんだ。トキオは彼とはどういう知り合い?」
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2008年06月29日
桜井鉄太郎「ユメの行方」第2章―第39回
<1978.07.15 南青山オフィス フェイスフル>
「あー、本物だ!」
思わずトキオは叫んでしまった。秋山のオフィス「フェイスフル」の応接室のソファには長い足を組んで柔和な微笑みを浮かべている加賀武彦が待っていた。
日本のフリープロデューサーの草分けで音楽シーンの中で常に変革を企て続けている加賀は、その野心的な生き方とは裏腹に実にジェントルな人格者だと評判だった。トキオにとって憧れの人であり目標でもあったのだ。
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2008年06月22日
桜井鉄太郎「ユメの行方」第2章―第38回
<1978.07.15 下北沢いーはどーも―広尾病院>
トキオはすぐさま行動を開始した。龍さんとも面識のある曜子も一緒に『いーはどーも』を出てナイス白井の先導のもとタクシーをつかまえ、龍さんの入院先の「広尾病院」に向かった。
いま、viva non総帥の龍さんに何かあったら大変なことになる。対立することもあったが、トキオにとってこの4年間は龍さんの存在がなければとても成立していなかっただろう。
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2008年06月19日
宋文洲の会社員哲学(14)名ばかり自己満足の役職
夫が課長になった日に奥さんは赤飯を炊きます。40代になっても管理職になっていないと奥さんは近所で顔を上げられません。それだけ日本の会社員は管理職を社会的立場と勘違いして、好き嫌いと関係なく管理職を目指すのです。
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2008年06月15日
桜井鉄太郎「ユメの行方」第2章―第37回
<1978.07.15 CICレコード&下北沢いーはどーも>
秋山はそこにいる誰もが予想外のことを言い出した。
「僕は昨日の晩決意したんだ。今泉えみかは僕のプロデュースでデビューさせようと思っている」
「えー? で、も彼女はもう就職が内定していて音楽雑誌の編集者になってしまうんじゃないんですか?」とトキオ。
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2008年06月08日
桜井鉄太郎「ユメの行方」第2章―第36回
< 1978. 07.10 原宿フレンチレストラン「tourjours」>
「ねえ、せっかくこうして6人の女の子が運命の出会いをしたんだからさあ、このチームでライブやろうよ!」
えみかの突然の提案に最初驚きを隠せないでいた面々も、やがて口々に賛同し始め、ついには『viva non girls』としてグル-プ活動をしていくことを彼女達は決定してしまった。
当然あらゆる段取りはトキオがやることになるわけで、レコーディングが一段落してホッとしたのも束の間、さらに重要な案件が彼の肩にのしかかってくることになった。
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2008年06月01日
桜井鉄太郎「ユメの行方」第2章―第35回
<1978. 06.25 シャングリラレコード第2スタジオ>
viva nonレーベル第2弾『viva non jam vol.1』のレコーディングも佳境を迎えていた。前作と打って変わって,シャングリラレコードの誇る最新鋭のスタジオを惜しげもなく長時間使っての録音はこの1カ月というもの連日のようにトキオの指揮のもと行われていた。
今回はオーナーの龍さんも一切口出ししないという約束のもと、トキオがセレクトした6人の歌姫たちをバックアップして、viva nonをフランチャイズにしている精鋭ミュージシャン総勢50人あまりが参加する一大セッションアルバムなのだ。
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2008年05月25日
桜井鉄太郎「ユメの行方」第2章―第34回
<1977. 05.10 シャングリラレコード ロビー>
えみかとの交渉ごとが何とかうまくいったものと思い込み、胸を撫で下ろしていたトキオのもとに、シャングリラレコードの川中が突然怒りの電話をしてきた。
すぐさま呼び出されたトキオはシャングリラレコードのロビーに何はともあれ急行した。あいにく、頼りの秋さんは名古屋出張で不在だ。顔を赤鬼のように紅潮させて川中は待ち受けていた。
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2008年05月18日
桜井鉄太郎「ユメの行方」第2章―第33回
<1977.04.30 赤坂プリンスホテル ティールーム 2>
秋さんの豊富な音楽知識のおかげで、3人の会話は大いに弾んでいた。えみかはことのほかシックスティーズの音楽に精通していて、さっきから話題が途切れることがない。とくにビートルズのこととなると、マニアックなゴシップも含めてとどまることを知らない。
気がついたら肝心なことに触れずにもう2時間あまりも3人はおしゃべりしている。
「ところで今日の本題って何でしたっけ」
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